今月のトピック バックナンバー

審判・レフリーの役割って

8月になりました。テレビではオリンピックが毎日放送されています。勝利するものがいれば、悔しい思いをするものもいます。そのジャッジをするのが審判です。今月のトピックはいつもと少し違うのですが、審判について私なりの意見を書いてみます。

五輪

選手のパフォーマンスとジャッジ

柔道

前回の北京、前々回のシドニーでも日本人の活躍はとても評価できるものでした。開催中のロンドンオリンピックでも既に柔道、水泳、体操でメダルを獲得しています。ですが、少し気になるのが審判のジャッジです。まず女子フェンシング準決勝・柔道男子66キロ級・体操男子団体など ミスジャッジ?ととられるものが頻繁に出ています。

規模は違いますが先日、私が参加したバレーボールの全国大会でもありました。どのような大会でもレフリーのジャッジがかなりお粗末になっているように感じます。スポーツをする上で従来、公平で正しいジャッジを行い、その競技進行をコントロールし威厳のある立場であるというのが審判の姿だったように思います。もちろん威厳を持った立場であるのは間違いないのですが、プレーヤーのパフォーマンスが上がり、スピードや動きの複雑さが増し、更に競技で使用する道具の性能が良くなるに伴い、ジャッジする目が追いつかなくなってきているのがミスに影響があるのではないでしょうか。

例えばバレーボールの男子のジャッジを女性がする場合、自分自身が男子の中でプレーしていないと打球の速さに目が付いて行けないなどと言うことはあたり前な訳です。ジャッジできるはずがありません。同様に柔道なども年配者がジャッジすることはミスの確率は多くなるのではないでしょうか?

プレーヤーが毎日トレーニングするのと同様、審判も日々のトレーニングが必要であることはあたり前で、判断するための目を養う事が絶対に必要だと思います。(実際、現状でも審判資格には規定として掲げられています)それでも人が判断することには間違いは必ずあるとすれば、ビデオ等での確認は当然では無いでしょうか。

これからのジャッジ

フェンシング

今回の体操や柔道でのジャッジではビデオ解析が導入され判定が覆されています。アメリカンフットボールNFLではかなり前からVTRでの判定は導入されています。威厳=自分の判定は絶対(一部の競技には未だにその風潮がある様に思います)そんな時代ではないと思います。現代スポーツでは公平性を出すのに人の目だけでジャッジする事が限界に来ていると感じます。ジャッジミスを認めて、判定を覆すことは威厳が無いということにはつながらないと思います。審判問題については賛否両論、色々な意見があると思いますが、これからも長く協議される問題でしょう。1年間のほとんどをまた、人生のほとんどをかけてその試合に望んだプレーヤーの全てを左右する事になる訳ですからチェック機能はあって当然ではないでしょうか。

今月はいつもの月と違って私の考えを掲載しましたが、皆さんはどのように考えられますか?水泳・陸上のようにタイムでの勝敗、カメラでの反則チェックなどが一番判りやすいですね。実際ジャッジミスは少ないと思いますし。

体操、新体操、フィギュアスケート、スキーやスノーボード、などの演技的な種目は特に判りづらい。 審判の好みなども判定に入ってくることも考えられます。 審判の問題はスポーツが今後、発展していくにも重要な問題ではないかと思います。

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